Refugees

日本にいる 難民たちを知る

日本にいる難民たちを知る

日本で、鎌倉で、
今日も難民たちは暮らしています

難民は、ニュースの中だけの存在ではありません。命がけで故郷を離れ、日本に逃れてきた人たちが、私たちのそばにもいます。彼らの日常を、まずは知ってください。

私たちにとって、「難民」はどういう存在ですか?

皆さん、最初はこのように思うかもしれません。
でも、実際に難民たちに出会い、共に生活していくと、彼らは「かわいそうな人」でも「特別な人」でもなく、私たちと同じように、日常を生きる人たちだと、よくよく分かります。
ただ、たまたま生まれ育った場所が、今、安全ではなくなってしまった。それだけの違いです。

難民とは…状態であり、属性ではありません

難民とは、戦争や迫害から命を守るために、故郷を離れざるを得なかった人々のことを指します。
彼らは「かわいそうな人」でも「特別な人」でもありません。
家族を愛し、仕事をして、笑い、泣き、私たちと同じように日常を生きてきた人です。
つまり、難民は、人種のように思えるかもしれませんが、状態なのです。いつ始まるか、いつ終わるか、自分では決められない。そのときの社会情勢から、難民はつくられてしまうのです。

日本にいる難民たちの声と課題

日本に逃れてきた難民たちは、どんなことに困っているのでしょうか?そして、アルペなんみんセンターの支援がどのように、彼らの力になっているのでしょうか。
アルペなんみんセンターが出会った難民たちの、実際の声を聞いてください。

Case1

働けない難民たち

働きたい。
でも、働いてはいけないと言われる。
どうやって生きていけばいいの?

ミャンマー出身|Mさん

背景

難民申請が認められず仮放免・監理措置となった人たちは、日本で働くことが禁止されています。
収入がないまま、家賃も食費も医療費もすべて自己負担。働けないことは、経済的困窮だけでなく、地域社会とのつながりを失い、孤立してしまう原因にもなります。

アルペなんみんセンターでの支援

アルペなんみんセンターでは、ボランティアとして地域の高齢者施設で活動する機会を作りました。Mさんは介護の勉強を重ね、在留資格が認められた後、正式にスタッフとして働けるように。
「お年寄りの方々が私を待っていてくれる。それが生きる力になった」とMさんは語ります。

Case2

医療にかかれない難民たち

お腹が痛くても、
病院に行けない。
診察だけで数万円かかるから。

スリランカ出身|Rさん

背景

在留資格がない、または短期間の在留資格しかない場合、健康保険に加入できません。
ちょっとした風邪でも数万円かかるため、病気やケガを我慢してしまう人が多くいます。

アルペなんみんセンターでの支援

鎌倉の地域医療従事者や住民のみなさんが、それぞれができる範囲で支えています。週1回シェルターを訪問してくださる内科医、無料低額診療を実施する病院との連携、野菜を提供してくださる農家さん。「困ったときはお互い様」の支え合いが、日々の健康を守っています。

Case3

子どもを産み、育てるのも難しい難民たち

妊娠したけれど、どこに行けば
いいのか分からなかった。
不安で、毎日泣いていました。

アフリカ出身|Yさん

背景

言葉が通じず、健康保険もなく、働くこともできない状況での出産・育児は、想像を絶する不安との闘いです。妊婦検診の補助も受けられず、出産費用も自己負担。孤立した環境での子育ては、母親にも子どもにも大きな負担です。

アルペなんみんセンターでの支援

地域の助産師さんが定期的に訪問し、出産準備から育児相談まで寄り添いました。合唱団の親子がYさん親子を「家族」として迎え入れ、マタニティウェアを集めたり、幼稚園準備を手伝ったり。分娩入院中は、大学生ボランティアが10日間24時間、上の子に付き添い、サポートしました。みんなで待ち望んだ赤ちゃんの誕生は、地域全体の喜びとなりました。

Case4

教育を受けられない難民たち

子どもには、学校に行ってほしい。
でも、給食費も、
制服購入も…どうすれば。

Mちゃんの母親|Yさん

背景

義務教育は受けられますが、給食費、教材費などの負担が、仮放免・監理措置の家庭には重くのしかかります。言葉の壁もあり、親が学校とのやりとりに苦労することも。

アルペなんみんセンターでの支援

幼稚園の先生は制服一式を貸し出し、ママ友やご近所さんがランドセルや学用品を用意。市役所の方々が給食費補助の手続きをサポート。「家族みたいなもんだから」と、ボランティアが宿題や手紙の代読を手伝います。Mちゃんは今、みんなに見守られながら小学校に元気に通っています。

Case5

地域社会から孤立してしまう難民たち

日本語が話せなくて、
友だちができない。
毎日、ひとりぼっちで寂しかった。

アフリカ出身|Yさん

背景

就労が禁止されていると、日本語や日本の習慣を学ぶ機会が圧倒的に不足します。地域社会との接点がなく、孤立してしまう人が多くいます。

アルペなんみんセンターでの支援

毎週土曜の畑作業、月1回のオープンデー、地域イベントへの参加。顔なじみが増えることで、「あ、〇〇さん!」と声をかけてもらえる関係が生まれます。また、鎌倉市内の公立小中学校に啓発ポスターを掲示することで、地域全体に難民の存在が知られるようになっています。

Case6

心の傷を抱え続ける難民たち

母国で撃たれた。友人も殺された。
今でも、あの日のことを
思い出して眠れない。

スリランカ出身|Rさん

背景

難民の多くは、母国で命を狙われたり、大切な家族や友人を失ったりしています。そのうえに、入管収容や仮放免での厳しい生活が重なり、PTSDやうつ病を抱える人も少なくありません。

アルペなんみんセンターでの支援

精神医療支援を受けつつ、アルペなんみんセンターのシェルターで生きがいや楽しさのある生活を過ごしてもらえるようにします。Rさんは、スリランカカレーやミルクティーで訪問者をもてなすことが、ささやかな楽しみに。「おいしいと言ってもらえると、私もうれしい」。周囲ができることは多くないかもしれませんが、「ともにいる」ことの積み重ねが最も大事だと考えています。

日本に逃れてきた難民が直面する制度的な課題

難民申請をしても、ほとんどの場合、認定されません。40年以上、認定率は1%以下でした。2022年にようやく2%を超えたものの、他の先進国と比べて圧倒的に低い状況が続いています。日本で難民として認められるには、「紛争地域から逃げてきた」だけでは不十分です。「名指しで狙われている」という迫害の証拠が求められます。審査は平均2〜3年、裁判まで含めると10年以上かかることもあります。待っている間に在留資格が取り消され、住民登録や就労、医療などの公的サービスを一切受けられない過酷な生活となる人も多いのです。長く待った末に「不認定」となり、収容され、送還されることもあります。

アルペなんみんセンターが取り組む日常の暮らしをともにする支援

上記の日本の現状を踏まえて、多くの難民支援団体が、法的支援や就労支援、政策提言を行っています。
アルペなんみんセンターでは、鎌倉にある修道院を拠点として、シェルター提供等の定住支援、難民と地域との交流の場づくり・セミナーや政策提言等の普及啓発を展開しています。難民が歓迎される社会を目指して、「難民の友に、難民と共に」の理念で、日々難民たちと、地域住民の皆さんと、活動に取り組んでいます。

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